六甲山

「東北地方太平洋沖地震」―

あまりにも被害が甚大で、時間が経過するにつれ、どのように自分の中で咀嚼すればよいのか
言葉や考えが見つかりませんでした。

私は阪神淡路大震災当時、大阪に住んでおり、自身の被害は大したことはなかったのですが
仲の良かった友人や知人が亡くなり、また以降連絡が途絶えてしまった友人もいました。
食糧がない、水がない、寒い、サニタリーがない、などなど辛うじて連絡のとれた避難所の友人の
言葉に、何も考えず被災地に向かい、そして目にした凄惨な光景、経験、におい、色―
今でも走馬灯のようにはっきりと思い出します。

震災以降、ことあるごとに六甲山から夜景を眺めては、
街の灯りが少しずつ、少しずつ増えていくことを感じ、街の息づかいに心が震え、
頑張れ、私も頑張らなければと思いました。


今回の災害で、私に何ができるのか、まだ答えが出せておりません。
ただ、さまざまなことを祈ることしかできておりません。
六甲山で折に触れ心に刻んださまざまなことを、祈りながら思い出し、
もう少し、考えようと思っております。

亡くなられた方々にお悔やみ申し上げますとともに、
被災された皆様、そして関係者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
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by mimi_bonheur | 2011-03-20 23:00 | mimiのこと